理想の車

ほしい自動車

欲しい車

車はほしいと思っていながらも、結局公共機関ないし、徒歩、チャリが多い私です。

というのは、住まいが中心部にあり、むしろ自動車を使うとかえって経費も時間もかかるからです。

 

とはいえ、ほしい自動車はずっと同じです。
私は無類のポルシェファンで、中でもカレラが大好き、カレラこそ最高の自動車だと思っています。
近所でよくカレラを見かけるのですが、恥ずかしながらいつも振り返って見てしまいます。

 

なんて素敵なのでしょう。
学部時代からいつかはカレラと思ってきましたが、まだ実現できない自分に驚いていまうとともに、これだけ年月が経っても私の気持ちを捉えて離さない自動車の素晴らしさに脱帽してしまいます。

 

ドドドドドという特徴的なエンジン音しかり、フォルムしかり、国産車のようにこの車って何だったけと思うような、原型をとどめないモデルチェンジがないところもお気に入りの理由です。
いつかはカレラ、これは一生ついて回るのかもしれません。

 

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いすゞ117クーペ

117クーペは子供の頃から好きでした。ハンドメイドが近所にいました。ワイヤーホイールを履いていましたね。とても格好良かったです。量産型、角ライトの最終型と近所には結構居ました。

 

日本車離れした姿に子供ながらに憧れていましたね。最終型の角ライト仕様だけは好きでなかったですが。

 

フローりアンはバンも含めこれまた結構走っていましたね。最近はめっきり見かけなくなりましたね。

 

 

後のピアッツァも好きですし、ジェミニも大好きです。意外に国内のラリーでも活躍しましたから。 ハンドリングバイロータスはイルムシャーと並びいすゞの銘柄でしたね。ヨーロッパに匂いのする乗用車を創っていたのに舞台から撤退したのは惜しいですね。

 

今の若い人は、イスズが乗用車を造っていたなんて知らないでしょうね。

 

今思うと、ベレット、117、ジェミニ、ミューなど、実にステキなモデルが多いこと。。。

 

私は学生の頃、ジェミニの初期型(イエロー)に乗っていました。10年落ちの19万八千円のぽっきり車でしたが、いいクルマでした。

 

ミニは永遠に不滅

ミニ

『ミニ = ミニ・クーパー』 と思っている人は結構多いと思います。しかしそれは誤りです。

 

ミニは、BMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)の名匠A.イシゴニス氏が設計し、小型車の革命児と言われたFFの元祖のモデルでした。そのデビューは59年で、モーリス・ミニ・マイナー/オースティン・セブン という名称の双子車として登場しました。

 

その特徴は、2ボックススタイルの短いノーズに横置きしたエンジンで前輪を駆動、10インチの小径ホイールを四隅に追いやることにより、3m強の全長にも拘わらず、驚くほど広い車室スペースを生み出していることでした。

 

MINIは長年大分のオーナーズクラブの代表をしていたので思い入れひとしおです。3台乗り継ぎ楽しかったですね。

 

ミニは本当に良いクルマでした。また、友人もたくさんできたクルマでした。仲間とはいまだに交流がありますし、会うと『会長!!〜』って言われるくらいです。(笑)

 

世界中のミニファンに愛されたクルマも時代と供に名前のみ残りましたがオリジナルミニは永遠に不滅だと思います。
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市販されていたらいいと思う車

東京モーターショー、最近はエコだのハイブリットだのばかりで胸をわくわくさせるモデルはほとんど出展されません。
時代の流れとはいえ、ちょっと寂しいと思いませんか?
その点、昔は思わず立ち止まって眺めてしまうモデルが各メーカーから出展されていました。
という訳で、以下は60年代のモーターショーに出展されたけれど、諸事情で発売されなかったモデルです。

 

[トヨペット・コロナ・スポーツクーペ]
[プリンス1900スプリント]
[日野コンテッサ900スプリント]
[ダイハツ・スポーツ]
[イスズ・ベレットMX1600]
[トヨタEX−1]

 

[総括]
上記のモデルは、単なるモックアップではなく、その気になれば市販できそうなものばかりでした。どれも美しいのですが、私的にはMX1600が市販されていたのなら、日本の自動車メーカーの歴史が変わっていたかもしれないと思い、残念でありません。そのまま市販されれば、和製スーパーカーとなっていたと思います。